The Hobbit 再読(2)cook better than I cook

I am a good cook myself, and cook better than I cook, if you see what I mean.

ビルボがトロルに食べられそうになったときに言う台詞。

この cook better than I cook の部分、次のように解釈していた。

自分が(ふだん)する料理よりも、ずっと上手に料理します。

なんせトロルに喰われかかってパニクっているので多少支離滅裂でもおかしくないだろうと。

この解釈で勝手に納得してしまったので、邦訳がどうなってるか確認もしなかった。

これが間違いであることに気づいたのは山本史郎「東大の教室で『赤毛のアン』を読む」という本で、「ホビット」を題材にした英文学のレクチャーにこの部分が引用されているのを読んだから。

cook には「料理する」という意味と、「料理される」という意味があると。

辞書を引くと、自動詞でそういう意味が載っている。

vi 1 <食物が>料理される、煮える、焼ける.例文 Potatoes cook slowly. ジャガイモは煮えがおそい。

つまりビルボは自分が料理されておいしく仕上がるよりも、料理をするほうが上手だと言いたかったわけだ。

語学力がないと一つのギャグを理解するまでにずいぶん時間がかかる。

この部分、瀬田訳と山本訳はどうなっているか。

瀬田訳「料理されるより、料理するほうがじょうずです」

山本訳「ちょっと妙な言い方ですが、わたしのやせ腕よりも、腕前のほうがおいしいですよ。」

瀬田訳はシンプルな直訳。(なぜか if you see what I mean を訳していない。)

山本訳は原文のダジャレ的おかしみを日本語で伝えようと苦心した感じは伝わってくるが、凝りすぎていて反射的に笑えない。
ここはシンプルな瀬田訳をとりたい。


ところで山本氏は本書でこんなことを書いている。

映画が大きな話題になったせいもあって、トールキンといえば『指輪物語』というふうにすぐに連想がはたらいてしまうかもしれないが、書かれたテクストとして圧倒的に面白いのは、『ホビット』のほうだ。「『指輪物語』は物語が冗長で、文章も単調なのであまり好きではないが、『ホビット』は面白い」と、知的な英語ネイティブの人が言うのを何度も聞いたことがある。

うーん「知的な英語ネイティブ」は「指輪」より「ホビット」が好きですか。それはいいとしても、山本先生のトールキンへの興味も「ホビット」に限られており、そのことが山本訳「ホビット」の問題(「指輪」「シルマリル」を含めたトールキン神話体系との齟齬)になってしまっているのではないか。

東大の教室で『赤毛のアン』を読む―英文学を遊ぶ9章

東大の教室で『赤毛のアン』を読む―英文学を遊ぶ9章