cellar door の謎

以前「ドニー・ダーコ」という映画を見ていたら、文学の教師役のドリュー・バリモアが黒板に書かれた cellar door という文字を見ながら、「ある言語学者が言うには、あらゆる言語の組み合わせの中で、cellar door という言葉がもっとも耳に快く響く組み合わせだそうよ」みたいなことを言った。
ある言語学者って、トールキンではないですか。なぜこの映画でトールキンへの目配せが??監督がトールキンファン?まさかこの映画のプロデュースもやってるらしいドルュー・バリモアの趣味ってことはないよな…と、その後の映画の展開よりも、そっちのほうが気になってしまった。結局、なぜ映画にトールキンのこの言葉が使われたのかは最後までわかりませんでした。

ところで cellar door という言葉の組み合わせ、教授が言うように beautiful の発音よりも耳に爽やかな?気がしますが、英語の単語の無限に近い組み合わせの中で、あえてこの組み合わせがいいと言い切れる自信って凄いですね。そういう繊細な言語感覚ゆえのあのエルフ語の創造があるんでしょうけれど…
(このトールキンの発言は"English and Welsh"という、「王の帰還」を上梓した次の日トールキンがした講演に出てきます。 )