幻の Bilbo's Last Song ポスター

Bilbo's Last Song (邦訳「ビルボの別れの歌」)はトールキンが書いたことすら忘れてどこか書類の束に紛れていたものを Allen &Unwin 社からトールキン宅へ原稿整理の手伝いに出向していたジョイ・ヒルさんが偶然見つけて、感謝したトールキンがこの詩をヒルさんに進呈したのだそうで、たしかに本の奥付けを見るとコピーライトはJoy Hillとなっており、「ホビットの冒険」の書き出しのエピソードといい、トールキンにはこういうちょっとしたイイ逸話が多いですね。

詩はまさにビルボの白鳥の歌であると同時にトールキン自身の晩年の姿が重なるようにも思え、walking song の別ヴァージョン、

A day will come at last when I
Shall take the hidden paths that run
West of the Moon, East of the Sun.

の歌とともに、万感胸に迫ってきます。

ところでこの Last Song はBBCの指輪のラジオドラマのエンディングですばらしいメロディとともにソプラノの少年が絶唱する形で使われており、一種の諦念と彼岸への憧れがない交ぜになったような感情がどっと襲ってきて、はじめて聴いたとき戦慄に近い感動を覚えました。映画版のエンドタイトルに使われた陽性な Into the West もけして悪くはないんですけど、原作のラストの感銘への近さという点ではこのBBCの Last Song にとどめを刺すといっても過言ではないでしょう。これからBBC版ラジオドラマの購入を考えている方はぜひ、サントラ付きのほうを買って、この歌の全曲を聴いてみることをオススメします。(ドラマの中では曲は最後の一連しか使われておらず、全曲を聴くにはサントラしかないんです。他にもエントのマーチとかエルベレス賛歌とか、やはり全曲で聴きたい名曲が入っているのできっと愉しめることと思います。)



ところでこの詩が初めて世の中に出たのは現在のような書物の形ではなく、もともとポスターに書かれた詩として発表されていました。
ハモンド氏のJ.R.R.Tolkien -A Descriptive Bibliography (例によって超人的な労作です)によると、アメリカ版は海岸の景色を映した写真のポスター、イギリス版はポーリン・ベインズが灰色港の場面を描いたポスターだったそうです。

私はかれこれ20年以上前に、このベインズ版ポスターを雑誌か何かで見たことがあり、そこに詩が書いてあることは気づかず、去っていく船を見送る三人のホビットの絵が気に入って、以来、もう一度見てみたいって思ってました。
その後古本屋で見つけた『ペーパームーン「指輪戦争ファンタジー」』というバクシ版のアニメが公開されたさいに出たらしいムック本の中にこのベインズ版のポスターが掲載されているのを発見して(モノクロの写真がそれ)、当時この絵が紹介されている雑誌などそうそう他になさそうだから、おそらくこの絵を見たんだと思ったんですが、年月とともに記憶が変質してしまったのか、確かに自分の見た覚えのある絵とかなり似ているけど、タッチが微妙に違う気がして釈然としない気持ちになりました。自分の中で寺島画伯の灰色港の絵とどこかで一度見ただけのベインズ版の絵が記憶の中で交じってしまった結果、どこにも存在しない幻の灰色港ポスターが脳内にできあがってしまったのかとも思ったのですが、Descriptive Bibliography を参照してみたら、ベインズ版ポスターには実は新旧二種類のヴァージョンがあったとあり、新しいヴァージョンのほうは詩に誤植があって、ラストの一行、I see the Star above your mast! の your が my と誤記されているとある。
で、このモノクロ写真のポスターを見ると、かろうじてくだんの箇所は my になっているのが読み取れます。するとこれは新しいバージョンのほうのポスターでした。

というわけで、まあ可能性としては低いんですけど、もしかしたら私がかつてどこかで見かけた幻のポスターはベインズ版の古いバージョンだった可能性も絶対ないとも言えず、いつかそれを目にする機会がないかと念じているところです。



今、この文を書いていてネット上で何か情報がないかと検索してみたらニューバージョンのポスターのカラー画像があったのアドレスを貼っておきました。
http://www.collecttolkien.com/images/PuzzleBilbosLastSong15x21inchover500pc1976.jpg
これはポスターがジグゾーパズルとして売られたものの箱絵らしいのですが、こう見るとこのニューヴァージョンのポスターも、これはこれですばらしい絵であり、トールキンの原詩が書かれているのも洒落ていますし、ベインズ版中つ国地図とともに部屋に飾りたくなりました。

(ところで BBC の Bilbo's Last Song の歌詞、ポスターの誤植と同じく、最後の your を my と歌っているのはどういう事情なんだろう。台本を書いたブライアン・シブリー氏が参照したのはニューバージョンのベインズ版ポスターだったとか?)


Bilbo's Last Song

Bilbo's Last Song

ビルボの別れの歌―灰色港にて (大型絵本)

ビルボの別れの歌―灰色港にて (大型絵本)