The Silmarillion - Thirty Years On シルマリル三十周年記念論集

序文によれば、本書はシルマリル刊行30周年を記念して、現在は絶版になっている Rhona Beare のシルマリル論を復刊させるという企画から始まったものらしい 。Rhona Beare 氏といえば、グロールフィンデルが馬に乗るのに轡をつけているのはエルフの乗馬方法に反していると手紙で指摘して、トールキンがそのくだりを書き変えたという逸話で有名ですが、その後、シルマリルの入門的なパンフを出版していたんですね。たしかSF系の入門シリーズで、ずいぶん前に取り寄せて読んでいるのですが、どんな内容だったのかほとんど忘れてしまっており、今回の改訂版をじっくり読み直したいと思います。

その他の論文も、シルマリル刊行三十年記念ということで、まずクリストファー編集による、77年版シルマリルという書物の持つ特殊性について焦点を当てているようだ。すでにHoMeという原資料がある今、77年シルマリルがどのような編集上の処理を経てあの形になったのか、つまりクリストファー(とガイ・ケイが)何を取捨選択し、あるいは書き足したのか、逐一調べようと思えば調べられるわけで、すでにそういった比較研究も出始めているようだが、本書ではそこまで細かくは踏み込まず、77年版が持っていたインパクトや、77年版の持っている独自の価値についての考察がなされているようだ。(版元の紹介文はこちら

寄稿者の一人であるJason Fisher 氏が自身のブログで本書を紹介しており、掲載論文の目次を書いてくれているので参考までに。(ところで本書の表紙になっている絵は何のシーンかお分かりになる人がいたら、相当なシルマリル通です。私はわかりませんでした。答えは Fisher 氏のブログにあります。)

まず最初に読み始めたMichael Drout氏のエッセイが面白い。シルマリルの物語の持つパワーを分析するために、自分が初めてシルマリルを読んだときの個人的体験を掘り下げるという、実存的な読み方を提示。Drout氏はシルマリル刊行の翌年に読んだそうだが、彼はそのとき、まだ9歳だったという。その歳でもうシルマリルを読んでいるということにも驚くが、特に理由もなくシッピー先生などとそう変わらないくらいの年代の人かと思っていたら、自分より4歳も若い人だったのにびっくりした。

Drout 氏にとって、シルマリルを読んだ78年というのは個人的にも世相的にも暗い年だったそうで、第一紀の救いのない暗さ、苛酷さと無常さが、肌身に沁みるような読書体験だったという。

However, my paticular sadness as a nine-year-old, which was, as one would expect, inchoate and unclear, was forever changed by reading the work of Tolkien .For in The Silmarillion, Tolkien transmuted sadness into beauty, giving shape to grief, making loss and longing into art.


(試訳)しかしながら、私が九歳のときに持っていた個人的な哀しみ、その年齢相応に、混乱していて、はっきりとはしなかった哀しみの感情は、トールキンの作品を読むことによって、永久にその様を変えることになった。というのも、トールキンは「シルマリルの物語」において、哀しみを美に変容させ、悲嘆にかたちを与え、喪失と憧れの感情から芸術を作りだしていたから。


うーむ「哀しみを美へ変容させた」というのが泣かせてくれます。

The Silmarillion - Thirty Years on (Cormare Series)

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