Companion & Guide メモ ボーヴォワールの引用文

トールキンの紹介ビデオ「ザ・ロード・オブ・ザ・リングを創った男」(*1)でトールキンボーヴォワールの著作を引用するところがあり、トールキンボーヴォワールの取り合わせに意外な思いがした記憶があったのだが、Reader's Guideによれば、この引用部分の出典は「おだやかな死」という作品だそうだ。
ビデオではこの引用部分のごく一部しか聞き取りができず、字幕に頼って見ていたのだが、次のような字幕がついていた。

「自然死などない。人間に自然は起きぬ。異議を唱えるから。人は皆死ぬがその死はすべて事故だ。そう思うと不合理な冒涜だ。」

こう読み上げた後、引用部分を書いた紙切れを財布にしまいながら、トールキンは言う。

「賛否両論だろう。だがこれが『指輪物語』のカギなんだ」

えぇっ?教授、それが指輪物語の鍵ですか???
どういう意味か全然わからん。。まあ作者が自分の作品のテーマや意味などについて何かを語っても、読者はあまり真剣に聞く必要はないともいえるが、これではあんまりだ。

Reader's Guideの Athrabeth Finrod ah Andreth の項目にこの引用部分がそっくり書いてあった。

"There is no such thing as a natural death: nothing that happens to man is ever natural, since his presence calls the whole world into question. All men must die, but for every man his death is an accident and even if he knows it and consents to it, an unjustifiable violation,"

試訳「自然死というものはない。人間に起こることは何であれ、けっして自然的ではない。なぜなら人間の実存が世界全体(の存在)の意味を問うものだからだ。人は皆死なねばならぬが、各人にとって、己れの死は不慮の事故のようなものだ。自分が死ぬことを知っていて、それを承諾していたとしても、依然、死というものは不合理な冒涜だ。」

トールキン世界では不死の生物であるエルフの存在により、人間が死すべき運命であることが必ずしも「自然的」ではない。ふつう生物にとって死はほとんど自然かつ自明の現象のように思えるが、不死のエルフの存在という補助線により(*2)、この世界にそもそもなぜ死というものがあるのかが不条理な問題として浮かび上がってくるわけだ。

Athrabeth の中で、人間の死が果たしてエルによる恩寵なのか、モルゴスによって人間の本性に刷り込まれた不治の病のようなものなのかがフィンロドとアンドレスの間で議論されるが、このボーヴォワールの引用は、LotRではなく、Athrabethのキー・コンセプトと考えるとかなり納得がいく。トールキンがなぜこれをLotRの鍵だと言ったのかはわからないが、Reader's Guideでは老齢になったトールキンが死の問題にとらわれていたことを示唆しており、インタビューを受けた時点の問題意識をとりあえず「指輪」と関連づけて語ってみたということかもしれない。(*3)

*1 いかにも映画の便乗商品ぽい題名がついているが、映画化以前に制作されたもので、けっこう硬派な内容。クリストファー・トールキンの解説が観念的過ぎてぼーっと見てると話についていけなくなる。トールキン自身の他に、教授ゆかりの人々がたくさん登場するので、Companion & Guide を買うような人であれば、持っていて損はないでしょう。

*2 トールキンが「馬や犬や羊に目をひらくためには、セントールや竜にであう必要がある」というのも同じ発想に基づいていると思う。ところでこの考え方はトールキンのオリジナルではなく、もともとはチェスタトンが「正統とは何か」で開陳した哲学で、Reader's Guide では、トールキンは「妖精物語について」を書くさい、半月前に刊行されたばかりのチェスタトンの本「The Coloured Lands 」からも引用していることを明らかにしている。

*3 アラゴルンの臨終場面はこの問題と関係していると思うが、追補編に置かれたこのエピソードがLotRの鍵とまではとても言えないだろう。

The J.R.R. Tolkien Companion and Guide

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ザ・ロード・オブ・ザ・リング を創った男 [DVD]

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おだやかな死

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