現身の人間としては…

「Blackwelder氏記念論文集」中のRichard C. West 氏による Her Choice Was Made and Her Doom Appointed - Tragedy and Devine Comedy in the Tale of Aragorn and Arwen を読んでいたら、ちょっと面白い仮説が紹介されていた。

指輪物語は総じていえば決して幸福な印象をもたらす本とは言いがたいけれども、
とりわけアルウェンの孤独な死はもっとも悲劇的なものだと私は思う」という記述に
以下のような注がついている。

「アルウェンの死が実はそれほど孤独なものではなかったかもしれないことを暗示する一つのヒントがある。物語の前のほうで、アラゴルンについて以下のように言われていた。

「かれはケリン・アムロスの丘を去りました。そしてアラゴルンは、現身の人間としては二度とここに戻っては来なかったのです。he left the hill of Cerin Amroth and came there never again as living man 」

この記述は彼がその死後、霊というかたちでなら、そこを訪れることは許されたということをもしかしたら暗示してはいないだろうか?そうであってみれば、ケリン・アムロスの丘で一人ぼっちで死の床に横たわる彼の妻を慰めるこれ以上の機会はないのではないか?もちろんこれはただの憶測に過ぎないけれども、このことを(ためらいがちではあるが)示唆してくれたGary Hunnewell 氏に感謝する。」

「現身の人間としては二度と〜」という言い方には、アラゴルンが指輪戦争を生き抜くことができないのではないかという不吉さがあり、初読のさいには彼の将来について大いに気を揉んだ一文だった覚えがある。その後このくだりを読むときはサスペンスを盛り上げるための思わせぶりか?というようなぬるい読み方しかしてこなかったのだが、このHunnewell & West 説では、ここにはただの思わせぶり以上の意味がじっさいにあったことになる。

West 氏も認めるように、この解釈はあくまでも憶測の域を出ることはないけれども、LotR中に含まれたアラゴルンとアルウェンの関係の、ウカウカと読み流してしまいそうないくつもの隠された伏線の張り方を鑑みれば、これまたトールキンならやりかねない周到な企みの一つだったかもと思わずにはいられない。


The Lord of the Rings 1954-2004: Scholarship in Honor of Richard E. Blackwelder

The Lord of the Rings 1954-2004: Scholarship in Honor of Richard E. Blackwelder