「外枠」の問題 Interrupted Music by Verlyn Flieger

Splintered LightA Question of Time に続く、Flieger教授のトールキンに関する三冊目の本。
一冊目がトールキン作品における言語哲学、二冊目は時間論、本作ではトールキンの神話体系が出来上がっていく過程を辿っており、The Making of Tolkien's Mythology という副題が示唆するように HoMeの研究本といった感じである。

タイトルはイルーヴァタアルの主題がメルコオルの不協和音によって主題の変更を余儀なくされたのと同じく、トールキンの当初の構想もまた大きく変更され、それはついに最終的な完結を見ることがなかったという事情をさしている。

この本のユニークなところは既に多くの研究がある神話や物語の原典探しや物語の解釈などよりも、その神話体系を語るための「容れもの」、「外枠」の問題をどうするかについて、トールキンの構想がどのような軌跡を辿っていったかに焦点を当てたところではないだろうか。

シルマリル神話」というテキストがどのような形で後世に伝わったのかという外枠の問題にトールキンは多大な労力を割き、ある段階では一種のSF小説という枠組みで神話を語ることさえ考えた。そのさい導入された仕掛けが輪廻転生と記憶遺伝という(カトリック作家としては異端的?)アイディアで、トールキンはそういったオカルト的な考えをなかば本気で信じていたフシもあるようだが、結局のところそれらの試みは最終的な形をとるには至らず、外枠の問題は棚上げにされたままになってしまった。

クリストファー・トールキンはThe Book of the Lost Tales の序文で「シルマリルの物語」を出版するさい、それら未解決のままの外枠の問題を一切省き、首尾一貫性を持たせるために(とりあえず物語世界の中で)シルマリルの物語が誰によって書かれ、どのような経緯で後世に伝わったのかについて何の手がかりも情報もない形で出版してしまったことを後悔していたけれども、「終わらざりし物語」のような未完成原稿を含めたシルマリルの物語が最初に出たほうが良かったのかどうかは今となってはなんともいえない。

本書を読むまで「失われた道」「ノーションクラブ忘備録」といった作品でトールキンが何をしようとしていたのかあまりピンとこなかったのだが、あれらは自身の神話が後世にどうやって伝えられたかを説明するための外枠を作る試行錯誤だったと教えられ、とても納得がいったように思う。

他にもトールキンがモデルにしたのはエッダなどの北欧神話の物語内容だけでなく、カレワラを編纂したリュンロートの役割をトールキンは自身の神話の編纂者になることで演じようとしたとか、「妖精物語について」が同時代の思潮へのトールキンなりの反論として書かれた部分の指摘など、いろいろ教えられることが多かった。

Interrupted Music: The Making Of Tolkien's Mythology

Interrupted Music: The Making Of Tolkien's Mythology